いつも時間に追われるあなたへ
- 沢雄司

- 3月22日
- 読了時間: 5分
クロノスとカイロスから見える、こころの時間

朝、会社に行かなければいけない時間なのに、どうしても体が動かない。
やらなければならないことがあるのに、気持ちがまったく乗ってこない。
頑張りたい時期なのに、なぜか心が沈んで、前に進めない。
そんなとき、多くの人はまず、自分を責めます。
「甘えているのではないか」
「やる気の問題ではないか」
「もっとしっかりしなければいけない」
けれど、こころの世界を少し丁寧に見ていくと、別の見え方が出てきます。
それは、クロノスとカイロスという、二つの時間の見方です。

クロノスは、時計の時間です。
何時に起きるか、何時に出社するか、何日までに提出するか。
社会の中で生きる私たちには、この時間が必要です。
約束を守ること、生活を整えること、予定を立てること。
それらは日々を支える大切な土台です。
でも、人のこころは、いつも時計どおりには動きません。
気持ちが追いつかない日があります。
体は起きていても、こころがまだ朝になっていないような日があります。
これが、もう一つの時間、カイロスです。

カイロスは、こころの中で「今なら動ける」「今なら言葉になる」と感じられる時間です。
それまで言えなかったことが、ある日、静かに言葉になる。
涙が出ること、ほっとすること、少しだけ自分に戻れること。
そうした時間が、カイロスです。
つらさを抱えて来られる方のお話をうかがっていると、
主訴の中に、この二つの時間のずれが感じられることがよくあります。
「行かなければいけない時間」に、行けない。
「やらなければいけない時期」に、気持ちが動かない。
「頑張るべき場面」で、どうしても沈んでしまう。
これは、単に意志が弱いということではなく、
クロノスとカイロスが、うまく噛み合っていない状態として見ることもできます。
社会の時間は、待ってくれません。
けれど、こころの時間は、急かされるほど固くなってしまうことがあります。
無理に動かそうとすると、ますます動けなくなることもあります。
だからこそ、カウンセリングでは、ただ「早く元気になりましょう」とは考えません。

カウンセリングには、クロノスがあります。
毎週同じ曜日、同じ時間に会う。
決められた時間の中で、安心して話す。
この繰り返しは、とても小さなことのようでいて、実は大切です。
乱れてしまった日々の中に、静かな一定の流れが生まれるからです。
けれど、カウンセリングの本当の力は、それだけではありません。
ただ時間を埋めるのではなく、その人のカイロスを待ち、迎えることにもあります。
話したくても話せないことがあります。
自分でも気づいていなかった気持ちがあります。
「平気」と思っていたのに、本当はずっと苦しかった、ということもあります。
それらは、急いで引き出すものではありません。
何度か会い、言葉を交わし、沈黙も含めて一緒に過ごす中で、
少しずつ「ここなら大丈夫かもしれない」という感じが育っていきます。
その積み重ねの上で、あるとき、ふっと本音が出てくる。
自分でも驚くほど自然に、「本当はつらかった」と言える。
そういう瞬間があります。
それは偶然ではありません。
カイロスは、関係と準備のうえに訪れるものです。
毎回の面接で、気持ちを急がせず、でも見失わずにたどっていくこと。
うまく話せない日にも、そのままでいてよい時間を持つこと。
責められず、決めつけられず、静かに受けとめられる経験を重ねること。
そうした積み重ねが、こころの中に少しずつ余白をつくります。
そして、その余白ができたとき、人はやっと自分の気持ちに触れられるようになります。
「行けない」の奥に、何があるのか。
「やる気が出ない」の奥に、どんな疲れや不安があるのか。
「頑張れない」の奥に、どれほど長いあいだ無理をしてきたのか。
それが見えてくると、ただ自分を叱るだけだった毎日が、少し変わり始めます。
問題をすぐに消すことはできなくても、苦しみ方が変わります。
自分との付き合い方が、少しやわらかくなります。
すると不思議なことに、結果として、クロノスの世界にも戻りやすくなることがあります。

予約時間はクロノスです。
でも、こころが動き出す瞬間はカイロスです。
心理療法は、時間を埋める営みではなく、時が熟すのを待ち、迎える営みでもあります。
そして、その「ちょうどよい時」は、偶然に落ちてくるのではなく、
安心できる関係の中で、少しずつ育っていいきます。
もし今、あなたが
「ちゃんとしなければ」と思うほど動けなくなっているなら、
まずは、自分を責める前に考えてみてください。
いま苦しいのは、あなたが弱いからではなく、
こころの時間が、まだ追いついていないからかもしれません。
かまくら相談室では、そのずれを無理に正すのではなく、
あなたの時間に耳を澄ませながら、一緒に整えていくことを大切にしています。
言葉にならないままでも大丈夫です。
あなたの中のカイロスが訪れるまで、丁寧にお話をうかがいます。
~補足~ 「クロノス」と「カイロス」は、もともと古代ギリシア語に由来する時間の言葉です。
クロノスは、順に流れていく時間、数えられる時間を表す語で、いまの「年表」「時計」「期限」の感覚につながります。英語の chronology(年表) などの語にも、その名残があります。
一方、カイロスは、ただ時間が流れるというより、「いまがその時だ」と感じられる好機や、決定的な瞬間を表す語です。辞書でも「重要な行為を成し遂げるために条件が整った時」「好機・決定的瞬間」と説明されています。古代思想でも、カイロスは「何をするか」だけでなく、それを“いつ”行うのがふさわしいかという意味で語られてきました。



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