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心の力量を育む

心の調子と心の向き

日常生活の中で、心や体の調子が悪いと感じることは誰にでもあります。調子が良いときには、私たちは積極的に活動し、社交的になります。しかし、調子が悪いときは、休んだり、寝たり、時には無力感に苛まれることもあります。このとき、活動性が下がり、一見するとエネルギーが低下しているように見えます。しかし、エネルギーは低下しているのではなく、心に向かっています。つまり、心のエネルギーが外向から内向へと向きが変わるのです。内向する修行方法として古くから伝わる坐禅は、心と正しく向き合うための方法として行われてきました。

 悩みを解決するためには、やるべきことをやり、成長すべきところを成長させる必要があります。ところが、やるべきことをやった人にも、解決されない問題が残り、悩み続けることがあります。社会的成功を収め、他者にはその成功を認められていたとしても、個人としては満たされず心の悩みを抱えることがあります。悩みを抱えているとき、カウンセリングはその解決の一助となります。カウンセラーは助言を与え、困難な状況の解決に向けて支える存在です。しかし、どうしても解決できない問題に直面することもあります。その場合、あるがままを生きる力が求められます。あるがままを受け入れるには心の力量が必要です。

坐禅修行と生の実感:心の力量を鍛える道

 現状を正しく捉えて受け入れる力、心の力量を鍛えるためのトレーニングとして坐禅修行があります。坐禅修行は、正しく内向する方法という側面だけでなく、心の鍛錬・トレーニングとしての側面もあります。受け止められない問題は心に影を落とします。心の力量が身につき受け止められるようになることが、人格が円満に成長するということです。「なぜ生きるのか」という問いは、「どう生きるか」というHow toの答えではありません。ある程度、社会的自立をしている人は「どう生きてゆくか」という悩みは解決されています。「なぜ生きるのか」は「なぜ生きねばならないのか」といった生に対するネガティブな問いかけを含みます。ですから、この問いに対する答えは「あぁ!生きている!!」という実感であり、溢れる充実感です。この実感は「生きていてよかったなあ」と、素晴らしい心境のときにだけ生じる感覚だけではありません。調子が悪いときにこそ、この実感は反動として強まります。調子が悪いとき、人は全人格をかけて自分が生きる意味を感じようと動きます。「死にたい」と思いがよぎることも、生の実感を求める衝動の可能性もあります。実際、リストカットをする人の中には、血が出てホッとするとか、痛みを求めるなど、虚無感から生きている実感を欲する衝動として自傷行為をしてしまう人もいます。

心と体の回復力:内向と沈黙の力

 怪我は身体の健康な状態を損ないます。このとき、体は傷を治そうとして、普段はあまり発揮されていない回復力が引き出されます。血小板が傷口をふさぎ、細菌を撃退し、腫れを伴って血流を増加させ、新陳代謝を促進します。痛みは苦しいものですが、苦痛によって傷口を大事に守るように体が本人に訴えかけます。心も同様に、心が傷つき健康な状態を損なうと、回復力を発揮します。これが心のエネルギーが内向する理由です。悩み辛くなることを通して、心が本人に内向を促すように訴えかけているのです。反復し思い悩むことさえも、回復力の現れです。牛が消化しにくい食べ物を反芻して徐々に消化します。何度も思い出してしまう嫌な思い出は、消化できない過去の思い出をなんとか消化しようとしている場合があります。そして消化能力が未熟な場合には、何度もチャレンジさせることを通して、いつか消化できるようにと心を鍛えている場合もあります。

 解決しない辛さ、死にたいほどの気持ちさえ、回復力の現れである場合があります。大きな視点で言えば、内向することが死と結びつき、いずれ生きている実感へと繋がる可能性をもたらします。カウンセリングは時に辛いものですが、どうにも辛いときは会話が止まり沈黙になる時さえあります。そのときの沈黙の中に、「可能性としての無」を見出すことができます。


 大事な一言を控えているときに、沈黙することを考えてみてください。沈黙という「無」は何かが誕生する場であり、すべてを包含する豊かな無です。しかし、この「無」を受け止めるには、力量が必要です。解決できないときに、解決できないということに留まり、悩みを温める時間と労力が必要です。

 坐禅のように、一切話さず、音を立てず、動かず、留まる力が必要です。その力は聞いて理解し身につくものではなく、内向しエネルギーを心に向けて、時間と労力をかけることで力がつきます。カウンセリングを受けて、すぐには生きる意味をつかめない理由はここにあります。大切なことを掴むには、忍耐と時間と労力が必要です。

 大怪我の大出血においては止血が先であり、出血が回復の兆しであると野放しにできません。同様に、心においても大きな傷や、深刻な悩みにおいては時に専門的な関わりが求められます。「ポジティブに生きる」「自分探し」「あるがままに受け止める」という目標はよく聞きますが、これらはそう簡単なことではありません。カウンセリングを忍耐強く続けることは、簡単なことではありません。しかし、丁寧に諦めず、時間をかけて歩めば、きっと納得のいく答えに出会えるでしょう。なぜならば、内向し、自分の心に関心を向け、自分の心に労力を使い、心を大切にしているからです。それ自体が、心が求めていることだから、心が納得いくところに自然とたどり着くのです。


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