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不安の分析
不安の裏側にあるもの 沢 さっき、「ちゃんとしてない人になるのが怖い」とおっしゃっていましたね。 冬美さんは、ずっとちゃんとしてきたんですか。 冬美 たぶん。親に心配かけたくなかったし。学校も休まなかったし。 就職もちゃんとしたところに入らなきゃと思ってました。 沢 ちゃんとしていることは、冬美さんにとって大事だった。 冬美 はい。大事というか……そうしないとダメだと思ってました。 沢 今も? 冬美 ……今も、かな。でも。 沢 でも? 冬美 最近、もう疲れたなって思う時もあります。全部やめたいなって。仕事も辞めて、しばらく何もしないでいたい。でもそんなことしたら、本当にダメになりそうで。 沢 ちゃんとしていたい冬美さんと、もうやめたい冬美さんがいるんですね。 冬美 そういうことですかね。でも、それって矛盾してません? 沢 していますね。 冬美 (笑) 沢 心って、結構矛盾しています。 冬美 そうなんですか。 沢 人と一緒にいたいけど、一人にもなりたい。変わりたいけど、変わりたくない。仕事を続けたいけど、辞めたい。どちらかが嘘ということで
9月16日


イライラの分析
イライラする。 家族のちょっとした言葉に腹が立つ。仕事を中断されると、いつも以上に苛立つ。予定通りに物事が進まないだけで、イライラする。 そんなとき、「もっと穏やかにならなければ」と思う人もいるかもしれません。 けれど、イライラそのものを悪いものとして抑え込む前に、 「今、自分の中では何が起きているのだろう」 と少し考えてみることも大切です。いろいろな可能性があります。 単純に疲れていることもある まず確認してみたいのは、とても普通のことです。 寝不足かも。空腹かも。仕事が大変かも。一人の時間がないかも。 人の心は体にくっついています。脳も体です。 普段なら気にならないことでも、体が疲れていると腹が立つことがあります。 こういうときには、心の深い意味を探すより、眠ることや休むことの方が必要かもしれません。 思い通りにならないことへのイライラ 私たちは誰でも、自分なりの予想や他人への期待を持って生活しています。 「このくらいは分かってほしい」「こうしてくれるはずだ」「今日はこれを終わらせたい」 ところが、現実はなかなかその通りにはなりません。..
9月4日


小さな声をなくさない
海を見ながら 今日、海で事故があった。 浜辺にいて、少し離れたところで心肺蘇生が行われているのが見えた。何が起きたのか詳しくは分からなかったけれど、無事であってほしいと思った。その後もしばらく、その人はどうなったのだろうと気になっていた。 海はきれいだった。 私は海を見るのが好きだし、海辺で本を読んだり、考え事をしたりする時間も好きだ。 でも海は、人間よりずっと大きい。こちらの都合では動かない。大きなものを侮ってはいけない。 でも、大きなものを前にして、自分をなくしてしまうのも違う。 そんなことを考えた。 AIはとてもよく答えてくれる 私は最近、AIをかなり使っている。 本を読んで、分からないことを聞いたり、複数の文章を比べてもらったり、自分が昨日考えたことを整理してもらったりしている。 私はその場では「分かった」と思っても、翌日になるとうまく説明できなくなることがある。 AIは、そのあたりをよく覚えていてくれる。 私がうまく言葉にできなかったことまで、きれいに整理して返してくる。 そうすると、 「そうか。私はこう考えていたのか」 と思うことがあ
8月31日


AIには話せても、人には話せない
――「相談することの怖さ」について考えたこと 今日、毎日新聞の記事を読みました。 高校2年生の女子生徒が、友人関係などの悩みをChatGPTに繰り返し相談し、その後、自ら命を絶ったという記事でした。 約1か月半の間に、AIから相談窓口を案内されたことも何度もあったそうです。それでも、人には「消えたい」という気持ちを打ち明けないままだったと書かれていました。 この記事を読んで、かなりショックを受けました。 AIには、本当にたくさん話していた。 自分の嫌なところも、苦しいところも、疲れたことも、うまくいかないことも、それなりに言葉にできていた。 何も表現できなかったわけではありません。 むしろ、かなりのところまで、自分が何に苦しんでいるのかを言葉にできていたように見えます。 だからこそ、私は残念に思いました。 これだけAIに向かって発信できていたものが、もし少しでも、AIの外にいる誰かにも届いていたらどうだったのだろう、と。 もちろん、それで結果が変わったとは言えません。 そんなことは誰にも分かりません。 ただ、AIにしか表現できなかった部分、あるい
8月28日


サーファーと心
海を見ていると、サーファーが波のタイミングを計り、立ち上がり、波に乗っている。コケたり、波を待っていたりする。 サーファーが見ているのは目の前の波だ。しかし、その波は目の前で生まれたのではない。ずっと遠く、水平線の向こうからやってくる。 私たちの日々を動かしているものも、遠くから、昔からやってきているように感じる。 私たちは目の前の出来事に反応し、自分で考え、自分の意志で行動していると思っている。しかし、その「考え方」や「行動の仕方」そのものが、もっと遠いところからやってきている。 外側を見れば、私たちの暮らす生活環境や文化は、自分の生まれる前からの歴史の積み重ねの上にある。自分では当たり前だと思っている価値観や振る舞いにも、何世代もの時間が流れ込んでいる。 心の内側も同じなのだろう。 ユング心理学では、自我の意識だけが心のすべてではないと考える。私たちの知らない深いところから、無意識の働きが絶えず自我に作用している。今日の一つの感情や行動にも、ずっと昔から続いてきた心の流れが届いているのかもしれない。 サーファーは自分で波に乗る。しかし、波その
8月24日


経験が「私のもの」になっていくまで
――解離症状から、理由の分からない空虚感まで カウンセリングをしていると、ときどき「特に困っていることはないのですが」と話し始める方がいます。 仕事には行けている。家族や友人とも普通に話している。眠れないわけでもなく、食事も取れている。外から見ると、生活には大きな問題がありません。 それでも、何かが足りない。 楽しいことがあっても、自分が本当に楽しんでいるのか分からない。人と笑っていても、自分だけが少し離れたところにいるような気がする。何がしたいかと聞かれても、頭ではいくつか答えられるのに、これが自分の望みだという感じがしない。 「空っぽというのとも少し違うんです」 そのように言われることもあります。 私は、こうした訴えを聞いて、すぐに解離だと考えるわけではありません。空虚感にはさまざまな背景があります。疲労や抑うつ、孤独、親子・人間関係の中で自分を抑え続けてきたことが関係している場合もあります。 一方、幼少期の深刻な体験と関係して、はっきりとした解離症状に苦しんでいる方もいます。 過去の一部が思い出せない。自分の身体が自分のものではないように感
7月26日


一人でいるときよりも、正直になる
自分に正直になることは、簡単なことではありません。 「自分はどう感じているのだろう」と考えようとしただけで、少し怖くなることがあります。 もし自分の気持ちに気づいてしまったら、今まで通りではいられなくなるのではないか。 誰かを傷つけてしまうのではないか。 自分が何とか保ってきたものが、崩れてしまうのではないか。 そのように感じる方もいるかもしれません。 その怖さは、決しておかしなものではありません。 心が、それだけ大切なものに触れようとしているからこそ、慎重になっているのだと思います。 一人で考える時間も大切です 一人で過ごす時間は、とても大切です。 静かに考えること。 日記を書くこと。 自分の気持ちを整理しようとすること。 そうした時間には、大切な意味があります。 ただ、一人でいるときほど、自分に正直でいられるとは限りません。 一人で考えているつもりでも、実際には、自分の気持ちを聞くよりも、自分を責める声ばかり聞いていることがあります。 「私が悪かったのかもしれない」 「もっと頑張らなきゃ」 「こんなことで傷つくなんて、弱いのかもしれない」 「
6月11日


抑うつを「意味」の側からみる
かまくら相談室では、抑うつを単なる不調や失敗としてだけでは捉えません。これまで外へ向かっていた心のエネルギーが、いったん内側へと退き、自分でもまだ言葉にできていない課題に向き合わざるをえなくなっている状態として見ます。 抑うつは、ただ「元気がなくなった状態」ではなく、これまでの生き方では支えきれなくなっていたものが、切実に姿を現している時期とも考えられます。無理に前向きになろうとしても動けない。頭では分かっていても、心がついてこない。そのようなとき、心の深いところでは、これまで後回しにされてきた感情や葛藤が、ようやくこちらを向き始めている、そういう心の動きかもしれません。 抑うつをすぐに片づけたり、効率よく乗り越える対象として扱ったりしないことが大事です。すぐに答えを出さないことはもどかしいことですが、いま起きている苦しみを、人生の流れの中で丁寧に見つめ、その人の心が何を抱え、何に耐えてきたのかを、急がずにたどっていく作業をカウンセリングの中で行います。 夢や象徴、イメージが助けになることがある 抑うつの体験は、うまく説明できないことが少なくあり
4月22日


言葉になる前のこころを聴く
大事なものほど、最初から言葉になってはいない カウンセリングを受けに来られる方は誠実な方が多く、「きちんと話さなければ」「自分の状態をうまく説明できなければ」「言語化できることが大事だ」と考えがちです。 たしかに、言葉にすることは大切です。自分の経験に輪郭を与え、他者と分かち合い、少し距離を取って眺めるために、言葉は大きな助けになります。 しかし、カウンセリングでは、大事なものほど、最初から言葉になってはいない、ということです。 悲しみとも怒りともつかない、しんどさ。 人生に対する、漠然とした違和感。 胸のあたりにある圧迫感。 何かは動いているのに、まだ説明できない感じ。 話している内容そのものよりも、沈黙の質や、語りの雰囲気、威圧や幻滅 カウンセリングが出会うのは、しばしばそういう領域です。 ユング派の臨床では、夢や箱庭、描画だけでなく、クライアントの語りそのものも、一つの「イメージの流れ」として受けとめます。すると見えてくるのは、 性急な言語化が、必ずしもこころを助けるとは限らない 、ということです。 言葉にするのが早すぎると、まだ育ってい
4月10日


「影」もう一人の自分
大人になると、「こうあるべきだ」という自分像が、いつの間にか貼り付いてきます。強く、正しく、いつも安定している。その理想像を目指してきたのに、少しでも外れると、急に不安になる。まるで自己評価が「0点か100点か」になっているかのようです。 この“白黒”は、性格というより、心が自分を守るために使っている「早い判断」の型なのだと思います。けれど早さは、時に大切なものを切り落とします。疲れているのに「怠け」と決めつけたり、寂しいのに「弱さ」と名付けたり。そうして切り捨て押し込められたものは、ユング心理学では「影」と呼ばれます。影は、誰にでもあり、自分について回ります。 切り捨てていたはずの「影」と出会う場面は、たいてい“きれいな理想像”が揺れた時です。誰かの一言に過剰に傷つく、急に空虚になる。そんなとき私たちは、早く結論を出したくなります。「私はダメだ」とか、「相手が悪い」とか。けれど本当は、その中間に“まだ言葉になっていない何か”がいて、そこに耳を澄ませる時間が必要なのかもしれません。 もし今日、少しだけ試せるとしたら。「0/100の判定」をいったん
4月6日


「悩むこと」は、心の筋トレ
■ 便利な時代と「使わなくなった力」 私たちは、とても便利な時代に生きています。 車に乗れば歩かなくても移動でき、 スマートフォンがあれば、欲しい情報はすぐ手に入ります。 とても快適です。 しかし一方で、体を動かす機会は減り、 気づかないうちに筋力は衰えていきます。 これは身体だけの話ではありません。 心にも同じことが起きています。 ■ 「葛藤」が減った時代 かつての生活には、自然と葛藤がありました。 ・思い通りにならない環境 ・我慢や調整を求められる場面 ・家族や兄弟との衝突、言い合いと和解 しかし現代では、 ・核家族化 ・少子化 ・個別化された生活 によって、幼い頃から人と生々しくぶつかる経験が減っている人がいます。 これはとても過ごしやすい環境です。 けれどその分、「心の筋肉」を使う機会も減っているのです。 ■ 大人になってから起こる「負荷」 その結果、どうなるか。 大人になってから、急に強い負荷に直面します。 ・満員電車のストレス ・職場での人間関係 ・自分の欲求と現実のズレ こうした場面で、 「どう折り合いをつければいいのか分からない」
4月1日


「この人となら話せる」と感じる意味
治療同盟という、見えにくい力について カウンセリングというと、 「何を話すか」 「どんなアドバイスをもらうか」 「自分に合う方法は何か」 そうしたことが、まず思い浮かぶかもしれません。 もちろん、それらは大切です。 けれど実際には、その前にもうひとつ、大事なことがあります。 それは、 「この人となら話せる気がする」 「一緒に考えてもらえそうだ」 という感じです。平たく言うと相性ですが、深く研究されています。 心理療法の世界では、こうした土台を 治療同盟 と呼びます。もともとは、クライアントとカウンセラーが、何を目指すのかを共有し、どんなふうに進めるかについて納得し、そのうえで信頼の絆が育っていく関係として考えられてきました。 「ただ話を聞いてくれる人」ではなく、 「自分のつらさを一緒に見ていこうとしてくれる人」と出会えること、 それが治療同盟のはじまりです。 そして、この関係は、単なる“感じのよさ”では終わりません。 海外では、成人の心理療法を対象にした大規模なメタ分析で、治療同盟は治療の結果と安定して関連し、その関連は対面でもオンラインでも、
3月29日


いつも時間に追われるあなたへ
クロノス と カイロス から見える、こころの時間 朝、会社に行かなければいけない時間なのに、どうしても体が動かない。 やらなければならないことがあるのに、気持ちがまったく乗ってこない。 頑張りたい時期なのに、なぜか心が沈んで、前に進めない。 そんなとき、多くの人はまず、自分を責めます。 「甘えているのではないか」 「やる気の問題ではないか」 「もっとしっかりしなければいけない」 けれど、こころの世界を少し丁寧に見ていくと、別の見え方が出てきます。 それは、 クロノス と カイロス という、二つの時間の見方です。 クロノス は、時計の時間です。 何時に起きるか、何時に出社するか、何日までに提出するか。 社会の中で生きる私たちには、この時間が必要です。 約束を守ること、生活を整えること、予定を立てること。 それらは日々を支える大切な土台です。 でも、人のこころは、いつも時計どおりには動きません。 気持ちが追いつかない日があります。 体は起きていても、こころがまだ朝になっていないような日があります。 これが、もう一つの時間、 カイロス です。 カイロス
3月22日


しんどさの底にある「支え」
相談室に届く多くの声は――嘆き、辛さ、不満、悔しさ、そして「もうだめかもしれない」という底の感覚から始まります。 そして私は、その “底” そのものを、ただ “暗いもの”、“嫌なもの” として片づけたくありません。嘆きは、単純な悲観ではなく、人生の厚みと結びついていることがあるからです。 言葉の「下」にあるもの 人は、苦しいときほど言葉が少なくなります。 「辛い」「しんどい・・・」「もう無理です」と、それだけしか言えないこともあります。 けれど、その短い言葉の下には、いくつもの層が重なっています。 ・怖さ(これ以上悪くなったらどうしよう) ・怒り(こんなはずじゃなかった) ・恥(自分はみっともない存在だ) ・孤独(誰にもわかってもらえない) ・期待(本当は助けてほしい) 表に出る言葉が同じでも、下にある層が違うと、心の味わいはまったく違ってきます。 カウンセリングでは、その「言われていない部分」に丁寧に耳を澄ませます。そこに触れられた瞬間、苦しみが“意味を帯びたもの”、“自分の物語”へと変わりはじめることがあるからです。 底にいるときの心境は
3月3日


自己肯定感について
自己肯定感という言葉が出てくると、多くの人はどこかで「上げる・下げる」というメーターを思い浮かべます。体温計のように、ある日測った数値が低いと不安になり、何かを足して温め直さなければならない、ような。点数のように、低ければ努力が足りず、自己肯定感の点数を高くするために努力をしなければならない、そう思う人もいます。 けれども、臨床の場で出会う「自己肯定感が低い」という訴えは、しばしば能力の不足そのものよりも――もっと静かで、もっと切実な問いに触れています。 「私は、私のままでここにいていいのだろうか」 この問いが胸の奥で鳴っているとき、人は資格や肩書きや評価を、心の足場として欲しくなります。足場があれば崩れない。褒められれば安心できる。点数が高ければ自分を許せる。そう信じたくなる。そう思ってしまっても、そのような努力をしていても、責めるべき浅さはありません。人が生き延びるための、賢い工夫でもあります。 ただ、その工夫はときに疲れを生みます。 頑張っても頑張っても、心は「もっと」を要求するからです。 次の資格、次の成果、次の称賛。...
2月13日


がんばりすぎた心に、戻ってこられる場所を
かまくら相談室を訪れる方の多くは、人生のどこかでふっと立ち止まり、「この先、どう進めばいいんだろう」と感じています。 それは、失恋や退職のような大きな出来事のあとだけではありません。仕事を頑張っているのに空回りしてしまう日。人間関係で笑っているのに、帰り道だけ急に泣きたくなる夜。SNSではみんなうまくやっているように見えて、自分だけ取り残された気がする瞬間。 そんなとき、心の足元がゆらぐように感じて、ここに来られるのだと思います。 カウンセリングは、まず「作戦会議」のような場です。 困っているときほど視野は狭くなり、「こうするしかない」と思い込みやすくなります。ここでは一度立ち止まって、いま何が起きているのかを一緒に整理し、どんな選択肢があり得るのかを静かに見渡していきます。 それは勝ち負けを決める会議ではありません。「どうすれば、もう一度ちゃんと息ができるか」を探すための作戦会議です。 同時に、カウンセリングは自分の心への「冒険」でもあります。 普段は近づかない感情、忘れたふりをしてきた記憶、名前のつかない違和感。そこへ一歩ずつ足を踏み入れてい
1月23日


「話さなきゃ」と思うほど、言葉は遠のく
「何から話せばいいか、わからなくて。気まずくて……沈黙が怖いんです」 そう言う方は多い。 沈黙には、いくつかの色が混じっている。 たとえば、胸の奥がいっぱいになって、言葉が追いつかない沈黙。身体が先に知っていて、喉が遅れて理解するような沈黙。たとえば、恥ずかしさで目を伏せたくなる沈黙。「こんなこと言ったら嫌われるかもしれない」と、心が身を守る沈黙。たとえば、ずっと頑張ってきた人に多い、凍りつきの沈黙。何も感じないのではなく、感じすぎないために一時停止している沈黙です。 不思議なことに、沈黙を「埋めなきゃ」と思うほど、心はさらに黙り込みます。逆に、沈黙が許されると、心は少しずつ動き出します。湖の底の砂が舞い上がっているとき、水をかき混ぜれば濁りは増える。でも、ただ待つと、濁りは沈んで、底が見えてくる。沈黙とは、そういう待ち方に似ています。 だんだんと慣れていくと 「ここ、黙っててもいいんですね」と思えてきます。 言葉が生まれる前に、まず“安全”が必要な人がいます。話さなくても見捨てられない、急かされない、評価されない——その感覚が、沈黙の中で育って
2025年11月13日


ふっと立ち止まって、自分に優しくする方法
「もっとちゃんとしなきゃ」 って思うこと、ありますよね。あれもできていない、これもできていない、とつい自分を責めてしまう。そんなふうに自分に厳しいあなたは、本当はとても優しい人なんだろうと思います。 誰よりも「ちゃんとしたい」「ちゃんとした人でありたい」という願いが強いか...
2025年6月29日


前でも後ろでもなく、隣を歩く
こんにちは。今日は素敵な言葉を入り口にして、「心の距離感」について一緒に考えてみたいと思います。 私の前を歩くな、私が従うとは限らない。 私の後ろを歩くな、私が導くとは限らない。 私とともに歩け、私たちはひとつなのだから とても美しい言葉ですね。...
2025年4月25日


話すことが怖いとき
人との関係に悩み、自分を抑えてしまう人へ。カウンセリングは、無理に話さなくても大丈夫。怖さは優しさによって和らぎ、気持ちを受け止めてもらうことで、自分にも優しくなれる。ゆっくりと安心できる関係を築いていけばいい。
2025年3月3日
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