一人でいるときよりも、正直になる
- 沢雄司

- 6月11日
- 読了時間: 4分
自分に正直になることは、簡単なことではありません。
「自分はどう感じているのだろう」と考えようとしただけで、少し怖くなることがあります。
もし自分の気持ちに気づいてしまったら、今まで通りではいられなくなるのではないか。
誰かを傷つけてしまうのではないか。
自分が何とか保ってきたものが、崩れてしまうのではないか。
そのように感じる方もいるかもしれません。
その怖さは、決しておかしなものではありません。
心が、それだけ大切なものに触れようとしているからこそ、慎重になっているのだと思います。

一人で考える時間も大切です
一人で過ごす時間は、とても大切です。
静かに考えること。
日記を書くこと。
自分の気持ちを整理しようとすること。
そうした時間には、大切な意味があります。
ただ、一人でいるときほど、自分に正直でいられるとは限りません。
一人で考えているつもりでも、実際には、自分の気持ちを聞くよりも、自分を責める声ばかり聞いていることがあります。
「私が悪かったのかもしれない」
「もっと頑張らなきゃ」
「こんなことで傷つくなんて、弱いのかもしれない」
「まだ大丈夫なはず」
本当は寂しかったのに、平気なふりをする。
本当は疲れていたのに、まだ頑張れると言い聞かせる。
本当は傷ついていたのに、「自分が気にしすぎなのだ」と片づける。
一人で考えていると、気持ちが整理されるどころか、同じところをぐるぐる回ってしまうことがあります。

正直になれないことにも、理由があります
自分の本音がわからない。
何を感じているのか、うまく言葉にできない。
話そうとすると、胸が詰まる。
そのようなことがあります。
けれど、それは心が弱いからではありません。
正直になれないことにも、その人なりの理由があります。
本当の気持ちを感じてしまうと、日常を続けられなくなりそうだったのかもしれません。
怒りを感じると、人間関係が壊れてしまいそうだったのかもしれません。
寂しさを認めると、自分が崩れてしまいそうだったのかもしれません。
だから心は、感じないようにしたり、平気なふりをしたり、「自分が悪い」と考えたりしながら、何とか自分を守ってきたのかもしれません。
本音を話せない人なのではなく、
本音を話せないほど、これまで頑張ってきた人なのかもしれません。

誰かの前で、ようやく出てくる気持ちがあります
不思議なことに、一人ではわからなかった気持ちが、誰かに静かに聴いてもらう中で、ふと出てくることがあります。
「本当は、悲しかったのかもしれません」
「怒っていたんですね」
「もう少し、大切にされたかったのだと思います」
「頑張りたいというより、休みたかったのかもしれません」
そのような言葉は、頭の中で準備してから出てくるとは限りません。
誰かに聴かれながら話しているうちに、少しずつ形になってくることがあります。
自分でも気づいていなかった気持ちが、言葉になって初めて、「私はそんなふうに感じていたのか」とわかることがあります。
本当の気持ちは、一人で頑張って探し出すものとは限りません。
安心できる関係の中で、少しずつ現れてくるものでもあります。

カウンセリングは、本音を無理に話す場所ではありません
カウンセリングは、無理に本音を話す場所ではありません。
心の奥にあるものを、急いで開く場所でもありません。
うまく話せなくてもかまいません。
言葉が止まってしまうこともあります。
何を話したいのかわからないこともあります。
涙が出てくることもあります。
そのどれもが、その人の心の自然な動きです。
心には、心の速度があります。
心には、心の時計があります。
心には、心の言葉があります。
まだ言葉にならないものは、言葉にならないまま大切にする。
話せないことは、話せないこととして尊重する。
急いで結論を出さずに、今ここで起きている気持ちを、少しずつ一緒に見ていく。
かまくら相談室では、そのような時間を大切にしています。

話せるところからで大丈夫です
一人で考え続けても、同じところを回ってしまうことがあります。
そのようなとき、誰かの前で話してみることで、自分でも思っていなかった気持ちに気づくことがあります。
それは、弱さではありません。
心が、少しずつ自分自身に戻っていく過程なのだと思います。
自分に正直になることは、怖いことです。
だから、急がなくてよいのです。
本音を無理に探さなくてもよい。
うまく話せなくてもよい。
まだわからないままでもよい。
安心できる関係の中で、話せるところから、少しずつ。
かまくら相談室では、まだ言葉にならない気持ちも含めて、丁寧にお聴きしています。




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