小さな声をなくさない

海を見ながら
今日、海で事故があった。
浜辺にいて、少し離れたところで心肺蘇生が行われているのが見えた。何が起きたのか詳しくは分からなかったけれど、無事であってほしいと思った。その後もしばらく、その人はどうなったのだろうと気になっていた。
海はきれいだった。
私は海を見るのが好きだし、海辺で本を読んだり、考え事をしたりする時間も好きだ。
でも海は、人間よりずっと大きい。こちらの都合では動かない。大きなものを侮ってはいけない。
でも、大きなものを前にして、自分をなくしてしまうのも違う。
そんなことを考えた。

AIはとてもよく答えてくれる
私は最近、AIをかなり使っている。
本を読んで、分からないことを聞いたり、複数の文章を比べてもらったり、自分が昨日考えたことを整理してもらったりしている。
私はその場では「分かった」と思っても、翌日になるとうまく説明できなくなることがある。
AIは、そのあたりをよく覚えていてくれる。
私がうまく言葉にできなかったことまで、きれいに整理して返してくる。
そうすると、
「そうか。私はこう考えていたのか」
と思うことがある。
でも、ときどき、
「いや、少し違うな」
と思うこともある。
この「少し違う」が、けっこう大事なのではないかと思う。
AIの方がたくさん知っていることはある。AIの説明の方が、私の説明よりずっと分かりやすいこともある。
だからといって、AIの答えの方が、いつも私自身の感覚より正しいわけではない。
教えてもらう。影響も受ける。考え直すこともある。
でも最後まで、自分で見たり、感じたり、考えたりする場所は残しておきたい。

「どうせ私は駄目なんです」
そんなことを考えていたら、カウンセリングで大事にしてきたことともつながってきた。
苦しいときには、自分の心そのものが、とても大きなものになることがある。
「何をやっても駄目なんです」 「昔からずっとそうなんです」 「何も変わらない」
そう感じるほど、長く苦労してきたのだと思う。
だから、「そんなことはありませんよ」と簡単には言えない。
ただ、
「何をやっても」「ずっと」「全部」
となってくると、小さなことが見えなくなってしまうことがある。 ・昨日は少し違ったこと。 ・一度だけはできたこと。 ・嫌だと、断れたこと。 ・今日は、とりあえずここまで来たこと。
大きな苦しさの中では、そんな小さなことは、すぐに見えなくなってしまう。でも私は、そういう小さなところをかなり大切にしている。

何を話すかも、自分で決めていい
カウンセリングの最初に、
「何を話せばいいですか」
と聞かれることがある。
私は、
「どんなことでも結構ですよ。思いついたところから話してください」
と答えることが多い。
これは、安心してもらいたいからでもある。
でも、それだけではない。
何を話すのか。どこから話すのか。今日はまだ話さないのか。
そんな小さなことも、その人が決めていいと思っているからだ。
カウンセリングだからといって、カウンセラーが全部決めるわけではない。
「先生ならどうしますか」
と聞かれることもある。
答えることもあるけれど、ずっと私の答えを聞く場所にはしたくない。
むしろ、
「私はこう思います」
と言ってもらえる方がいい。
もっと言えば、
「先生はそう言うけれど、私は違うと思います」
と言ってもらってもいい。
その人自身がそこにいる感じがするからだ。

自分で決めるのは、楽ではない
自分の意見を大事にするというのは、好き勝手にすることとは少し違う。
周りを見ることも必要だし、人の話を聞くことも必要だし、自分が間違っていたと気づくこともある。
それでも、
「自分にはどう見えているのか」
「自分はどう感じているのか」
を、最初からなかったことにはしない。
そして、今の自分なりに決めてみる。
これは案外、大変なことだと思う。
誰かに決めてもらった方が楽なこともある。
特に、心が弱っているときには、自分で決めることそのものがしんどい。
だから、最初から大きな決断ができなくてもいい。
今日何を話すか。
これは嫌だった、と言ってみること。
「分からない」と言うこと。
少し違う気がする、と言うこと。
そういうところからでもいい。

小さくても、なくさない
カウンセリングでは、カウンセラーがその人の代わりに人生を進めることはできない。
でも、自分で進む力が弱っているときに、そばにいることはできる。
一緒に考えることもできる。
「私はどう思っているんだろう」と探すのを手伝うこともできる。
そしていつか、カウンセラーがそばにいなくても、
「まだ不安だけれど、私はこうしてみようと思う」
と言えるようになる。
それは、カウンセリングを終えていく一つの目安なのだと思う。
海を見ていても、AIを使っていても、最近同じようなことを考える。
自分より大きなもの、自分より強そうなものはたくさんある。
そこから助けられることもある。教えてもらうこともある。
だから、拒絶しなくていい。
でも、その中で、
「私はこう感じている」
「私は少し違うと思う」
という自分の声まで、
なくしてしまわないこと。
声が小さいときには、小さいままでいい。
その小さな声を大事にすること自体が、自分の人生を生きていくことなのだと思う。



