「話さなきゃ」と思うほど、言葉は遠のく
- 沢雄司

- 2025年11月13日
- 読了時間: 2分
「何から話せばいいか、わからなくて。気まずくて……沈黙が怖いんです」
そう言う方は多い。

沈黙には、いくつかの色が混じっている。
たとえば、胸の奥がいっぱいになって、言葉が追いつかない沈黙。身体が先に知っていて、喉が遅れて理解するような沈黙。たとえば、恥ずかしさで目を伏せたくなる沈黙。「こんなこと言ったら嫌われるかもしれない」と、心が身を守る沈黙。たとえば、ずっと頑張ってきた人に多い、凍りつきの沈黙。何も感じないのではなく、感じすぎないために一時停止している沈黙です。
不思議なことに、沈黙を「埋めなきゃ」と思うほど、心はさらに黙り込みます。逆に、沈黙が許されると、心は少しずつ動き出します。湖の底の砂が舞い上がっているとき、水をかき混ぜれば濁りは増える。でも、ただ待つと、濁りは沈んで、底が見えてくる。沈黙とは、そういう待ち方に似ています。

だんだんと慣れていくと
「ここ、黙っててもいいんですね」と思えてきます。
言葉が生まれる前に、まず“安全”が必要な人がいます。話さなくても見捨てられない、急かされない、評価されない——その感覚が、沈黙の中で育っていきます。
もしあなたが「うまく話せないかも」「沈黙になったらどうしよう」と不安なら、最初の一言はそれで十分です。
「うまく話せないかもしれません」
そこから、ゆっくり始められます。沈黙は、あなたを困らせる敵ではなく、心が本当の言葉へ向かうための、静かな通り道です。




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